「ゲームのような街」トルコの映画作家が東京舞台の新作を撮る理由

2018-05-27 13:46:50

 来日のリップサービスで「ぜひ日本でも映画を撮りたい」と口にする海外の映画人は多い。でもこの人は、本当に次回作を日本で撮影しようと準備を進めている。トルコのカアン・ミュジデジ監督(37)は、長編デビュー作の「シーヴァス 王子さまになりたかった少年と負け犬だった闘犬の物語」(2014年)でベネチア国際映画祭の審査員特別賞を受賞するなど、世界でも注目の若手映画作家の一人だ。

 ■映画に先立ちオブジェ

 平成27年に来日したときに取材したが、次は日本で撮ると大まじめに話していた。「例えば日本の家とか人間関係とか夜の光とか、そういったものが次の作品にぴったり合うんじゃないかと思った」と丁寧に理由を語ってくれたことが印象に残っている。

 それから3年。東京・本郷のアート施設「トーキョーアーツアンドスペース本郷」に、ミュジデジ監督の姿があった。4月から始まった「レジデンス2018成果発表展」の第1期の出品者の1人として、「IGUANA TOKYO Prologue」という作品を展示していたのだ。

 普段とは異なる環境に身を置く「レジデンス滞在」の経験から生まれた作品の展示会で、ミュジデジ監督の作品の芸術性は、アートに造詣が深くない身には何とも難解なものだった。

 真っ暗な部屋に薄ぼんやりと光っている物体を見ると、透明な箱の中にテレビゲームのような液晶がうごめき、さらにその箱を2つに区切る壁も動いている。部屋にはほかに2カ所、明かりがともされているスポットがあり、台本らしきものが置いてある。

 これは何を意味しているのか。ミュジデジ監督に問うと、「私は映画を作るとき、まず頭の中にあるイメージを脚本という形で表現する。映画のプロローグとして、このオブジェを作って人々に脚本の感触を味わってもらいたかった。いわばもう一つの本読み(撮影前の稽古)なのです」と説明する。

 ■世界中でも東京だけ

 ミュジデジ監督が企画している新作映画は、タイトルを「イグアナ東京」という。舞台は東京で、ドイツ出身の夫、トルコ人の妻、彼らの息子の3人が、それぞれの視点で語る3つのパートで構成される。

 ある夜、夫がノルウェーから日本を訪れた若い女性の旅行者と出会い、3人で暮らす部屋に連れて帰ったことから、危うくも何とか保っていた家族の形がゆがみ始める。夫は部屋でイグアナを飼ってかわいがっていたが、いつの間にかその姿が消えて…。

 「この映画の中で、東京は非常に重要な役割を担っている。なぜなら映画の主題は空間と時間であり、東京はその2つを表現するのにとても適した都市だと思うんです」というミュジデジ監督によると、映画の中に描かれる家族はゲームのような日常を送っていて、東京もまたゲームのような街なのだと強調する。

 「映画の中の家族は、ゲームに勝てばより広い空間を得ることができ、負ければ狭くなる。東京もそれと同じで、インターネットカフェやファミリーレストランといった狭い空間で本や漫画を読んで1日を過ごす人もいる。ヨーロッパやよその国の人間からしたら、それはまるでゲームのように見える。家族で過ごす時間とはまた違った現実であり、そういう現実感が得られるのは、世界中でも東京だけなのです」

 ■時間と空間

 この映画のために、ミュジデジ監督は昨年5月から3カ月間、トーキョーアーツアンドスペースが手がける国際文化交流プログラムで東京に滞在。東京の水や空気に触れながら、「イグアナ東京」の脚本をせっせとしたためた。その一つの成果がプロローグに当たる今回のオブジェであり、東京での展示をもって映画作りへの固い意思表示をしたことになる。

 部屋のセットは、ミュジデジ監督が製作の拠点にしているドイツのベルリンに組み上げ、今年8月にクランクイン。同月末には再び来日して、東京の街など外のシーンを撮る予定にしている。

 「東京にはカプセルホテルもあるし、秋葉原もあるし、ベルリンのような既存の現実とはまた別の現実がある。地下鉄の駅に行けばスピーカーから小鳥のさえずりが聞こえ、交差点の信号機からも音楽が流れる。街の至る所に感情を刺激する何かがあるのです」と話すミュジデジ監督は、一方で日本文化のこんな豊かな面も指摘する。

 「今度の映画には能舞台も登場する予定だが、能は動きが極めてゆっくりで、現実の時間との隔たりを感じる。能はどんな物語であろうと、時間が異なって推移する。それこそが日本の文化だと思う。日本文化にとって重要なのは時間と空間であり、そのことを東京で映像に刻み込みたいと思っています」(文化部 藤井克郎)

 ●カアン・ミュジデジ(Kaan M?jdeci) 1980年、トルコ・アンカラ生まれ。2003年に映画の勉強のため、ドイツ・ベルリンに移住。ゲリラ的な野外上映やバー、ファッションストアをオープンするかたわら、映画を創作。10年に短編を初監督した後、11年の短編「Jerry」がベルリン国際映画祭のタレントキャンパスで上映。短編ドキュメンタリーを経て、トルコで撮影した「シーヴァス 王子さまになりたかった少年と負け犬だった闘犬の物語」(14年)で長編デビュー。ベネチア国際映画祭で審査員特別賞を受賞するなど、各地で絶賛された。

 ●トーキョーアーツアンドスペースレジデンス2018成果発表展 東京都現代美術館のトーキョーアーツアンドスペースが行っている国際文化交流事業で、東京に短期間暮らした外国人アーティストや、海外の都市に派遣された日本のクリエーターらによる展覧会。東京・本郷のトーキョーアーツアンドスペース本郷を会場に、今年は「行為の編纂(へんさん)」のタイトルで開催。カアン・ミュジデジ監督が参加した第1期は5月13日で終了し、第2期が6月2日から7月1日まで開かれる。

 第2期は、タイの映像作家、プラパット・ジワランサン、ドイツの写真家、トビアス・ツィローニィ、日本からカナダ・ケベックに滞在した金井学、韓国・ソウルの鎌田友介、スイス・バーゼルの田中英行、台湾・台北の中島伽耶子の6人が出品する。

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