『ヴェノム』はマーヴェル史上初の80年代回帰作にして進化系だ!

『ヴェノム』はマーヴェル史上初の80年代回帰作にして進化系だ!

11月2日公開のアメコミ超大作 『ヴェノム』 は、マーヴェルの中でも類を見ないエポックメイキングな野心作だ。「週刊文春」初の シネマ特別号 ダークヒーロー特集 (完全保存版文春ムック)でヴェノム特集を執筆した作家・岸川真が伝える、『ヴェノム』の魅力とは?

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丸坊主かつ全裸上等!のギャングスター

 アメコミ界においてスパイダーマンよりも数段パワフルで、自分を阻むやつは殴る、蹴る、喰う! ワルなやつ。そんなストロング・スタイルなスーパーヴィラン(悪役)がヴェノムだ。ついに、こいつがスクリーンにやってくる!


『ヴェノム』11月2日(金)全国ロードショー

 スパイダーマンの素顔は家族思いの高校生ピーター・パーカー君だが、ヴェノムは違う。ヴェノムに変身するエディ・ブロックは人気ジャーナリストだったのにフェイクニュースを暴かれて転落人生を歩む負け犬だ。パーカー君がまさに衣装を着替えるのに対し、ヴェノムは地球外生命体シンビオートがエディの体内と同化。いざというときに肉体そのものがベロっと入れ替わる。

 スタイルも赤と青のアメリカンな蜘蛛人間と対照的な黒主体で見ようによっては丸坊主かつ全裸上等!のギャングスターなのだ。

善玉スパイダーマンとは違うポップな暴力番長

 国旗色を身にまとうストレートでスクウェアな善玉スパイダーマンに対し、80年代のストリートカルチャーの申し子のようなブラックな姿はLL・クール・JやRun-D.M.Cといったヒップホップスターを想起させた。ワルの力でワルを制す、その不良感度の高さはバットマンに対するジョーカーと違うポップな味わいを持っているといえる。

 ファンの期待値も高いコロンビア映画&マーヴェル・エンタによる『ヴェノム』は、今述べたコミックのルーツにある80年代ポップカルチャーを巧みに取り入れて、2010年代映画の最新型に仕上がっている。

トム・ハーディの寄るべのない少年のような可愛さ!

 永遠の武闘派マッド・マックス(『怒りのデス・ロード』)と寡黙な戦闘機乗り(『ダンケルク』)の両方を演じ分けたトム・ハーディがエディを楽しげに演じている。彼は宇宙規模に事業を広げるライフ財団の若き総帥にして、マッド・サイエンティストのドレイクに人体実験にまつわる直撃取材を行ってしまい失職。真相をつかもうと乗り込んだ先で宇宙からやってきた液状生物シンビオートと図らずも同化してしまう。トムの負け犬演技(寄るべのない少年のような可愛さ!)の後、追手を千切っては投げという黒いリキッドタイプの暴力番長ぶりがまず必見だ。

新しい〈バディ(相棒)もの〉

 この番長、自らをヴェノムと名乗り、1人称が「ウィ=俺ら」である。エディは乗っ取られた、寄生されたと否定するが、ヴェノムは信じられないドスの利いた声で「おめえと俺は一心同体だぜ!」(ちなみにその声もトムのもの)と譲らない。根は良い人のエディはヴェノムに引きずり回されることになる。ヴェノムとエディには共通の敵、ライフ財団率いるドレイクがいる。なので呉越同舟、2人は連中相手にサンフランシスコ狭しと、大暴れを繰り広げるのだ。

「いまやハリウッドは『ハン・ソロ』(18)ですら〈バディ(相棒)もの〉とされるくらいトレンドになっています。そこへ『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』(14)から『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(18)のシリアス路線へ至ったマーヴェルがフェーズを変えてきている」

理屈抜きの楽しさを追求したマーヴェル

 と、マーヴェル映画ファンの菊地成孔さんは「週刊文春 シネマ特別号」で本作を分析する。菊地さんが同書で指摘するとおり、確かに『ウィンター・ソルジャー』では、アベンジャーズを抱える組織SHIELDの内部崩壊が描かれ、『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』(15)では『シン・ゴジラ』(16)で描かれた怪獣災害ならぬヒーロー災害がピックアップされた。『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(16)では内部対立まで発展し、『インフィニティ・ウォー』でヒーロー含め全宇宙半滅である。やはり、さしものマーヴェルもこの流れは観客にとってドン引き対象で、展開が深刻過ぎると感じたようだ。指パッチンでヒーロー瞬殺の『インフィニティ・ウォー』公開直後に『アントマン&ワスプ』(18)で男女バディの爆笑篇に仕上げていた。理屈抜きに楽しめるものは何かを追求した末にマーヴェルが選択したのがバディものだったのだ。

ヴェノムとバディ、80sテイストは三位一体

 バディものといえば、80年代の金字塔『リーサル・ウェポン』(87)に代表される凸凹コンビで、ああだこうだと相棒同士で揉めながらも悪に対抗する物語。戦争のトラウマを抱えていたり、妻子を失ったり、生活苦があったりする主人公2人が正義と友情に目覚めて、あっけらかんと悪を皆殺し! みたいな王道は、『ナイスガイズ!』(16)や『アイアンマン3』(13)を手がけた、ミスターバディ・ムービー、シェーン・ブラックが確立した。そんな彼の最新ヒット作『ザ・プレデター』(18)は凄腕スナイパーとダメ兵士たち、プレデターを捕まえたい謎の組織がコメディシーンもばっちり入れつつ、〈とりあえず仲は悪いけど、この宇宙人はヤバイから戦おうぜ!〉と団結して命を粗末に散らしながら反撃をかますという、まさに80年代回帰の傑作だ。

タイムリーな作品となった映画『ヴェノム』

 こうしたトレンドの中で映画『ヴェノム』は非常にタイムリーな作品といえる。ストリートでクールに暴れるワルの象徴であったヴェノムはコミック界のギャングスターであり、ヒップホップスターだ。このスターヴィランが大暴れするに相応しいスタイルは、80年代にヒットをかましたバディものに他ならない。ヴェノムとバディ、80sテイストはまさに三位一体のものなのだ。

 製作者の狙い通り、映画本編では21世紀のヒップスターであるエミネムの声が街に響く。スピード感、そして理屈抜きの楽しさいっぱいで観客もクールなワル気分が満喫できる。エディとヴェノムのコンビは、肉体的にも精神的にもくっついたり、離れたりを繰り返しながら「ウィ(俺ら)=バディ」としてサンフランシスコのストリートをルール無視で爆走する。こうしたグルーヴこそ、いまクリエイターとオーディエンスが感じたい現代の〈悪の空気〉なのかもしれない。

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 映画のなかで繰り返し描かれてきたクリエイティブな産物としてのワルには、時代の空気、無意識が映し出されている。現在では『シェーン』(53)の黒づくめのガンマンを演じたジャック・パランスや日本の時代劇での悪侍山形勲やヤクザ映画の遠藤太津朗のような「見るからにワルそう」である正統派のワルは姿を消してしまった。悪はより複雑に多面化し、善悪の明確な線引きがしづらくなった。

スーパーマンも強さゆえに悩みまくる「いま」

 評論家の川本三郎は「いま、世界や日本の情勢を見るとフィクションを超えた悪が幅を効かせすぎて、映画の悪にリアリティがもてなくなってます」と本書で語る。確かにゼロ年代以降、金も支配欲も捨て、ただ「世界が燃えるのを楽しむ」タイプである『ダークナイト』(08)のジョーカー、新しくは全宇宙のバランスのために生命を半分に減らすことを目指している『インフィニティ・ウォー』の生真面目な悪玉サノスなど、悪役界も現実に即して複雑な様相を示している。

 同じくヒーローもまた単純な善玉ではキャラが立たない。70年代に悪を倒すことで手段を選ばないダーティハリーことハリー・キャラハンが登場し、ゼロ年代にはバットマンに代表されるアンチ・ヒーローが活躍している。宇宙から来た“完全無欠の善人”であったはずのスーパーマンも『バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』(16)で強さゆえに悩みまくっている始末だ。

 各国に潜む無差別テロリストだけでなく、現職アメリカ大統領が自国民にヴィラン扱いされる現在、ハリウッド・エンターテインメントでほぼ一人勝ちなのがマーヴェル映画である。マーヴェルの異端の落とし子『ヴェノム』をはじめ、古今東西の悪役の魅力を多角的に掘り下げた「週刊文春 シネマ特別号」渾身のダークヒーロー特集も必見。映画を見る楽しみが倍増すること請け合います。

きしかわしん/1972年、長崎市生まれ。日本映画学校卒。撮影助手、出版社勤務を経て、編集者兼小説家に。映画にも造形が深く、「週刊文春」をはじめさまざまな雑誌の映画特集で執筆。著書に『蒸発父さん』『赫獣』。初短編集『暴力』(河出書房新社)が10月16日に発売。

(岸川 真)

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