元SUPER☆GiRLS田中美麗が明かす卒業の真相「アイドルはあんまりオススメしないですね(笑)」

元SUPER☆GiRLS田中美麗が明かす卒業の真相「アイドルはあんまりオススメしないですね(笑)」

 2010年6月に結成されたSUPER☆GiRLSはアイドル戦国時代の華として活躍した。その人気メンバーだった田中美麗は、沢尻エリカ主演ドラマ『ファーストクラス』に出演するなど個人活動も多かったが、18年3月にグループを卒業。

 そんな彼女に卒業の理由、そして、今後の活動について聞いた。(全2回の2回目/ #1 より続く)


元SUPER☆GiRLS田中美麗さん

PASSPO☆や東京女子流は「同期」だけど「ライバル」ではない

——SUPER☆GiRLSは、11年6月に発売された『MAX!乙女心』がスマッシュヒットして、12月には第53回日本レコード大賞新人賞を受賞しました。その頃は「注目度が上がっているな」という実感はありましたか?

田中 いやぁ、実感はなかったですね。ただ、会場はどこもパンパンに埋まってたし、アイドル界全体の盛り上がりは感じてました。

——他のアイドルグループを観るようになりました?

田中 対バンライブで一緒になったグループを観るようになったんですけど、そこまで積極的に知ろうとは思わなくて。自分のことでいっぱいいっぱいだし、無理にアイドルらしくならなくてもいいかなと思っていたんです。

——PASSPO☆や東京女子流は同期という感覚ですか?

田中 そうですね。「同期」だけど「ライバル」という感覚はなくて、「自分たちでやれることをやる」というか……ごめんなさい(笑)。

——どうしました?

田中 いま稽古してる舞台のセリフを言っちゃった。アハハハハ!

——ちょうどハマるセリフがありましたか。個人的に仲良くなった別グループのメンバーはいますか?

田中 いなかったですね。スパガ自体が積極的に他のグループとコミュニケーションをとるような子は少なくて、自分たちで固まっていることが多かったんです。卒業間近の対バンでPASSPO☆のメンバーに「スパガのメンバーはしゃべりかけづらかった」と言われましたから。ただ、アイドル歴が長くなるにつれて、「一緒に写真をとってもらっていいですか?」と言われることが増えたので、交流するようになったというか、「この前はどうも」と挨拶して。

——社交辞令(笑)。

田中 アハハハハ!

——スパガを憧れの対象として見ているアイドルが増えたと。

田中 「憧れています」と言われた時は驚いたけど、自分みたいなアイドルらしくない人も受け入れてくれる時代になったのかなと思いました。いまは誰でもアイドルになれる時代になりましたからね。

——誰でもアイドルになれるのはいいことだと思います?

田中 チャンスが平等に巡ってくるのはいいことだと思います。

「手を出されそうになったら言うんだよ」沢尻エリカさんの心強さ

——田中さんはグループの中でも個人活動が多いほうで、出演したドラマでいえば『ファーストクラス』(フジテレビ/14年4月〜6月)が印象に残ってます。

田中 同じ事務所の沢尻エリカさんがいるからキャスティングしていただいたんですけど、共演した方たちからめちゃくちゃ刺激を受けました。私にとってのターニングポイントです。それに、みなさん優しくて。撮影中に咳が止まらなくなって収録を中断させてしまったことがあったんですけど、いろんな方たちが咳に効くモノを持ってきてくださったんです。ただ、グループから離れてマネージャーもいない現場だったので孤独感がすごくて、そんな環境で自分から動かなきゃいけないので毎日泣いて帰ってました。

——主演の沢尻エリカさんはどんな方でしたか?

田中 一時期報道されていたような方じゃなくて、本当に優しい方でした。「美麗ちゃん!」と声をかけてくれて、演技のアドバイスもいただきました。

——沢尻さんも元アイドルですからね。

田中 そんな話をさせていただいたこともあります。ご自身のアイドル時代のことを笑い話にしつつ、「やめたくなったらやめちゃいなよ〜」みたいなノリで励ましてくれたので、私も気が楽になりました。「手を出されそうになったら言うんだよ」とも言ってくれて。

——心強いですね。オーディションで選ばれたドラマもありましたか?

田中 『JKは雪女』(MBS/ 15年9月〜10月)という平祐奈さん主演のドラマはそうでした。いくつオーディションを受けても落ちまくっていたので、出演が決まった時は「受かることもあるんだ!」と驚いたし、自分で勝ち取った実感はありました。

ライブに集中したくて水分を取らなかったら倒れてしまって……

——グループの活動に話を戻すと、2013年6月に日本武道館でライブを行ないましたが、2014年2月の八坂沙織さん卒業ライブ(パシフィコ横浜)以降は、大きめのライブは卒業絡みが多くなった印象もあります。

田中 そうですね。誰かの卒業ライブか誰かが卒業を発表することが増えたと思います。(荒井)レイラとかつぴ(勝田梨乃)の卒業発表(16年3月)は新宿アルタ前の広場でのイベントだったり、試行錯誤はしたんですけどね。

——まわりの卒業に気持ちが揺れることはなかったですか?

田中 最初から「いつ辞めようかな」と思っていたので(笑)、まわりのメンバーが卒業しても焦ることはなかったです。

——16年7月に行われた『関ヶ原唄姫合戦』で倒れてしまいます。

田中 もともと体調が悪くて、悩んだ末に出演したライブでした。ご飯を食べる時は超水分を取るんですけど、ライブになると集中したいから水分を取りたくないモードになるんですよ。そのせいなのか熱中症で倒れてしまって。

「自分にはなんの取り柄もない」個人の仕事が減って思いつめた

——そして、12月1日には「体調回復を優先にするため」活動休止を発表します。

田中 「関ヶ原」後、体調が悪くなることが増えて。「めまいがするのでちょっと待ってほしい」とお願いして、リリースイベントの開始が数分遅れることが何度かあったんです。メンバーとお客さんに迷惑をかけてしまうのはよくないと思って、けじめをつけて休みました。

——その原因は?

田中 その頃、個人仕事が減っていたんです。事務所も当時ブレイクしはじめた浅川(梨奈)に力を入れるようになって。「個人仕事がなければ自分にはなんの取り柄もなくなってしまう」「私はグループに必要な存在なんだろうか」と悩んでいたらコンディションが崩れていきました。サイクルが巡って、スパガ初期に悩んでいた頃に戻ったようで面白いですよね。いろんな経験をした分、初期より精神的にキツかったんです。

——浅川さんの活躍はどう見てました?

田中 グラビアをやることになった当初、すごく悩んでいる姿を見ていたので「大丈夫かな」と親心で見守っていたんです。だけど、彼女なりにどこかのタイミングで吹っ切れて武器に変えたので、私も応援しようと思いました。スパガの名前を世に出してくれてありがとうという気持ちです。

活動休止中に「失踪説」が流れた理由

——活動休止期間は何をしていたんですか?

田中 入院していた時期もあるんですけど、家に戻ってからは一歩も外に出なかったです。テレビも観ずに携帯も触らずにずっとベッドに横たわって天井をずっと見てました。ママと同じ寝室で、ママはキングサイズのベッド、私は端っこのスペースにすっぽりハマったシングルなんですけど(笑)。

——より落ち込みませんか?

田中 そうしていることで安心できたんですよ。そんな私を見かねたママが「フラッと海に行こうか」と誘ってくれて、ママと私とお兄ちゃんで海に行ったんです。それから外に出るようになって、普通の生活を取り戻しました。

——海に出かけたことが大きかったと。

田中 ただ、海に行った時に携帯を水没させちゃったんです。活動休止中に誰とも連絡を取れなくなったから、「失踪した」という噂も流れたみたいで(笑)。

——ファンの方の声は届いてましたか?

田中 ツイッターに毎日のように「戻ってきてほしい」とか「今日は何してますか?」とコメントをくれる方たちがいて、「こんなに求めてくれる方たちがいるんだ」「ファンの方のためにも戻らなきゃ」と思うようになったんです。

ただ、卒業の直接的な理由は本当にヘルニアなんです

——17年3月に復帰しましたが、10月にはヘルニアで活動が制限されましたよね。

田中 『汗と涙のシンデレラストーリー』で2回目のセンターに選んでいただいたのに腰をやらかしちゃいました。MV撮影には整体師の方を呼んでいただいて、リハもセンターがいない状態で踊って。メンバーには迷惑をかけてしまったと思ってます。

——17年12月31日の田中さんのブログでは「支えてくれてたスタッフさんや友人も離れてしまい。信頼できるひとがいなくなったり、ハメられたり、誰が味方で誰が敵で。敵なんていないと思ってたからね…人間性を失いかけた事もあったし」と書かれています。

田中 めっちゃ正直に書いてる(笑)。新しいスタッフの方とのすれ違いが多かったですね。7年近く活動していた1期生としては「こういう道を歩んできたから今後もこうしたい」という強い気持ちがあったけど、新しいスタッフさんは違う道を勧めてくるので、それが原因で衝突することもありました。ただ、卒業の直接的な理由は本当にヘルニアなんです。

——18年2月に卒業を発表しましたが、ファンの方からはどんな反応がありましたか?

田中 「もっと早く卒業して独り立ちしてもよかったんじゃない?」という方もいました。優しい方ばかりなんですよ。逆に、もうちょっとアイドルをやっていたかった、という気持ちもあります。ライブで終わりたかったので。

卒業して“アイドルロス”になりました

——アイドルとしての最後はサンリオピューロランドでのソロイベント(18年3月)でしたからね。

田中 他のメンバーは華々しく卒業したのに、私は定期公演で踊ることもできずに卒業するというのは嫌だと思って。いろんな人に相談したらサンリオの方とつながって、お金まわりを含めて自分でイベントをプロデュースしたんです。

——卒業してアイドルロスはありましたか?

田中 ありました〜。「もうアイドルじゃないんだ」と空っぽになったというか、2週間くらい抜け殻状態でしたね。卒業前は毎日のようにメンバーと会って何かしら動いていたので、一気に物足りなさを感じたというか。改めて、スパガが私の人生にとって欠かせない場所で、自分の軸になっていたんだなと気づきました。

——そのまま事務所も退所しました。

田中 エイベックスから「残ってほしい」と言っていただいたんですけど、「もっと自由にやれるんじゃないか」と思って飛び出しました。エイベックスのほうが安定しているし、夢に近づけるかもしれないけど、あえて挑戦してみたいと思ったんです。で、いまの事務所にたどり着きました(笑)。

2019年は女優としての勝負の年になると思います

——いま所属している事務所は声優が中心で、女優は田中さんだけですよね。

田中 そこが決め手でした。大きい事務所からも声をかけていただいたんですけど、大手すぎると上下関係が大変そうだなと思って。それに、大きい事務所だとやりたいことを提案したくてもできなかったり、提案できても「いまはその時期じゃないから」と言われてしまうけど、いまの事務所なら自分から提案できて、実現のために動いてもらえる。この世界に10年以上いたらセルフプロデュースしなきゃいけないと思うんです。

——そう考えるようになったきっかけはあるんですか?

田中 スパガにいる時は意見を言わずメンバーについていくタイプだったんですけど、卒業イベントを自分でプロデュースした時に「楽しい! これがやりたかったんだ!」と思えたんです。

——1月25日〜28日の舞台 『BASARA外伝〜KATANA 虹の話ー銀杏ー』 (紀伊國屋ホール)で本格的に女優としての活動を再開します。

田中 これまでは映像系ばかりだったので、『BASARA』の稽古では何度も壁にブツかりました。でも、やるしかない。『BASARA』を機に女優として頑張っていきたいです。2019年は勝負の年になると思ってます。

アイドルはあんまりオススメしないですね(笑)

——スパガは1月11日に5人卒業して、渡邉幸愛さん以外は田中さんが知ってるメンバーがいなくなりました。寂しさはありますか?

田中 そりゃあ、寂しいですよ。でも、寂しさ以上に、私が卒業した後もグループを守ってくれたメンバーたちに感謝してますし、SUPER☆GiRLSという名前が続くことを望んでいるので、新しいスパガも応援していきたいと思います。

——これからアイドル界に入る後輩に伝えたいことってありますか?

田中 アイドルはあんまりオススメしないですね(笑)。

——そうですか(笑)。

田中 でも、アイドルの先の目標があればやってみてもいいと思います。アイドルをやっていたほうが、自分のやりたいことに近づけるはずだから。最初からモデルや女優として下積みを経験するより、アイドルをやったほうが短い期間で10年分くらいの経験ができると思うんです。アイドルをやっていれば、いろんな方面から仕事がきて、いろんなジャンルの人に会って、いろんな感情を味わうことができるじゃないですか。あとは、人はそう簡単に信じちゃダメ(笑)。気を張って、しっかり人間観察してください。

写真=川しまゆうこ

たなか・みれい/1996年10月14日生まれ、埼玉県出身。2007年、エイベックスのオーディションに合格。2010年に結成されたSUPER☆GiRLSのメンバーに。2014年テレビドラマ『ファーストクラス』に出演。2016年末にSUPER☆GiRLSとしての活動休止(翌年に活動再開)。2018年3月末にグループから卒業。現在は女優として活躍。舞台 『BASARA外伝〜KATANA 虹の話 -銀杏-』 に出演(1/25〜28)。

(大貫 真之介)

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